大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和50年(ネ)226号 判決

控訴人 一恵海運有限会社

右訴訟代理人弁護士 菊池哲春

右訴訟復代理人弁護士 市原庄八

被控訴人 西山汽船有限会社

右訴訟代理人弁護士 西山隆盛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金五二一万七六〇〇円およびこれに対する昭和四六年一二月二二日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。〈以下省略〉。

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

(一)川上は、同族の者とともに、会社組織により船舶を所有して内航海運業を営むことを企てたが、無経験のためこれに必要な内航海運業法第三条第一項所定の許可が受けられず、直ちにはその名義を以て右事業を開始することができない事情にあったため、右許可を受けた内航海運業者である被控訴人の了解の下に、とりあえず自己の費用負担のもとに被控訴人名義で一恵丸を建造したうえ、昭和四四年一〇月二三日被控訴人との間で、一恵丸を被控訴人名義で登記登録し、暫く被控訴人名義で運航(その運航を被控訴人に委ねるものであるかどうかの点は暫くおく。)した後自ら内航海運業者たるべき資格を取得したうえで被控訴人から一恵丸の移籍を受けることを目的として左記条項等による昭和四四年一〇月二三日付の契約を締結した。

(1)一恵丸は被控訴人名義を以て登記登録を行う。

(2)一恵丸についての官公署に対する手続は被控訴人名義をもって行う。

(3)本契約の日から一ヵ年を経過した時は、被控訴人は一恵丸の所有権を川上または川上の指定する者に譲渡する。

(4)一恵丸の運航につき生ずる債務海難海損は川上の負担とする。

(5)川上は一恵丸に対し被控訴人の指定する限度額の損害保険に加入し、継続してこれが保険料の支払義務を負う。

(二)そこで、一恵丸は、川上と被控訴人との前記契約にもとづき、被控訴人名義で登記登録され、また、昭和四五年三月三一日、その運航につき、川上の保険料負担により被控訴人名義をもって、前記組合との間の保険期間同年四月一日から昭和四六年三月三一日、保険金額五九万〇四〇〇円とする損害保険および保険期間右同期間、保険金額五万ドルとする超過額保険に付されたうえ、川上の費用負担の下に被控訴人名義を以て運航(その運航が被控訴人により行われたものであるか否かの点は暫くおく。)されていたところ、川上を代表取締役として設立された会社である控訴会社が内航海運業者たるべき資格を取得したので、被控訴人は、前記契約に基づいて、昭和四五年一一月二四日一恵丸につき川上の指定する控訴人に対し売買名下にこれを原因とする所有権移転登記手続を完了した。ところが、控訴人が一恵丸につき内航海運業者の許可を受けたのは、これよりずっと遅れ、昭和四六年六月二三日であったため、右登記の日から右許可の日までの期間一恵丸の運航は被控訴人名義をもってなされ、また、一恵丸の運航につき被控訴人名義をもってなされていた前記各保険契約も控訴人への承継手続がとられないままになっていた。

(三)ところで、一恵丸は、前記期間中の昭和四五年一二月二六日、その運航中船員の過失により大阪府堺港棧橋において訴外内外輸送株式会社所有の荷役設備を突破損壊し、これがため一恵丸船主たる控訴人は、同訴外会社に対し金五二一万七六〇〇円の損害賠償義務を負担したので、そのころから被控訴人に対し前記各保険金の請求手続を履践して欲しい旨数度に亘り要請したが、被控訴人は、これに応じなかったばかりでなく、昭和四六年三月一二日付を以て前記組合との間で昭和四五年一二月二四日に遡り前記各保険契約を合意解除した。

二、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、右認定に反する原審証人三好藤三郎(第一ないし第三回)は容易に信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)川上と被控訴人は、前記昭和四四年一〇月二三日付契約において、前記各条項のほかに一恵丸の運航により生ずるすべての収益は川上に帰属する旨合意しており、また、右契約に基づいて行われた一恵丸の運航も、被控訴人の名義を使用していたものの、被控訴人は一切これに関与せず、当初川上が、そして控訴会社が設立後は控訴会社がそれぞれ独自の立場でこれを行っていた。

(二)被控訴人が前記のとおり川上に対し一恵丸の運航につき自己の名義の使用を許諾したのはもともと好意から無償で始めたことであったが、被控訴人は、右名義貸し開始後わずか一年間に、現実に一恵丸の運航を担当した川上らの法令不遵守により、船舶職員法違反の罪で二回も罰金刑に処せられたばかりでなく、川上が運輸大臣の許可を受けないで訴外千代田船舶株式会社と定期傭船契約を締結して内航船舶貸渡業を営み、且つ、被控訴人が右川上に内航船舶貸渡業の許可名義を利用させたことが捜査当局に発覚して被控訴人が種々取調を受けた(なお、被控訴会社及び被控訴会社の当時の代表取締役西山寛は右内航海運業法違反の罪により各罰金一万円に処せられた。)ことから右関係の継続にすっかり嫌気がさし、契約期間の切れるのを待ちかねてこれを解消することとし、前記のとおり、昭和四五年一一月二四日控訴人に対し一恵丸につき前記所有権移転登記手続を完了し、その後間もなく一恵丸の国籍証書、船員手帳、検査手帳等を控訴人名義に変更した。そして、控訴人が一恵丸につき前記許可を受けるため必要な被控訴人の一恵丸の減船に関する事業計画変更認可申請手続がその添付書類の調製に手間どるなどして遅れ、昭和四六年五月七日に至ってようやくこれがなされたため、これに応じて控訴人が一恵丸につき内航海運業法の定める内航船舶貸渡業の許可を受けるのも遅れ、前記のとおりこれが同年六月二三日になった。ところで、一恵丸は、前記登記のなされた当時、控訴人の手を通じ被控訴人名義で訴外新日本近海汽船株式会社に傭船されていたが、右登記後も前記許可のあるまでは、被控訴人の黙認の下に、従前どおり被控訴人名義で運航され控訴人、被控訴人間で一恵丸に関しいわゆる裸傭船に準ずる契約が締結されたこともなく、また、右のような一恵丸の運航が、監督官庁によって黙認されていた事実もなかった。

(三)前記組合の定款には、右組合は組合員が所有、賃借若しくは用船し又は回航を請負う木造以外の船舶の運航につき損害保険事業を行うことを目的とするものであり、且つ、その組合員は、総屯数六五屯以上の木船以外の汽船の所有者又は賃借人に限る旨定められていた(定款第三条、第九条)ところ、被控訴人は前記保険事故の発生前である昭和四五年一一月二四日、控訴人に対し前記所有権移転登記手続を完了し、一恵丸に対する名義上の所有者としての立場を喪失していたのに、控訴人は被控訴人に対し、右登記後控訴人、被控訴人が一恵丸につきいわゆる裸傭船の関係にあったということにして前記各保険金の請求手続を履践して欲しい旨要請し、被控訴人においてこれに応じさえすれば右の事情を知らない前記組合から事実上前記各保険金が給付される見込みもあったが、被控訴人は、控訴人とそのような関係を結んだこともなかったため、事実を偽って前記各保険金を請求することはできないとして控訴人の右要請を拒否したうえ前記のとおり前記組合との間で前記各保険契約を合意解除するに至った。

三、以上の事実関係にもとづき控訴人の債務不履行ないし不法行為の主張につき考えてみる。

(一)まず、控訴人は被控訴人が控訴人の前記要請を拒否したうえ前記組合との間で前記各保険契約を合意解除したことが控訴人に対する債務不履行ないし不法行為に当る旨主張するが、被控訴人と川上との前記名義貸しに関する昭和四四年一〇月二三日付契約は、内航海運業法が刑罰を以て禁止した行為(同法三〇条一号、二号、三条一項、一五条参照)を行うことを目的とするもので、もとよりいわゆる公序良俗に反して無効であり、前記認定のように、後日控訴人に対し内航船舶貸渡業の許可があったとしても、川上と被控訴人間の前記昭和四四年一〇月二三日付契約が既往に遡って有効となる筋合ではないものといわなければならない。したがって、被控訴人は、前記登記の前後を通じ、川上ないしはその特定承継人と目される控訴人に対し右契約に基づいて一恵丸の運航につき自己の名義を使用させる義務及びこれと不可分の関係にある一恵丸の運航によって生じた損害につき前記組合に対し保険金請求の手続をとるべき義務はない。のみならず、前記認定のとおり被控訴人が控訴人との間に一恵丸に関しその主張のようないわゆる裸傭船に準ずる契約を結んだことがなかったことはもとより、その他そのような契約関係が成立したものと解する余地も、ないから、一恵丸の所有者又は賃借人でない被控訴人は前記組合の定款第三条、第九条により、前記組合との間で締結した保険契約に基づいて一恵丸の運航によって生じた損害につき前記各保険金を正当に受領しうる資格がないことは明らかである(控訴人は、前記組合が、一恵丸の運航が違法であることを知りながら保険金を支払うことを約諾していたから、保険契約が無効であるとしても右追認により有効となった旨主張し、原審証人三好藤三郎の証言((第一ないし第三回))は右主張にそうけれども、前掲甲第一二号証の一、六、七に対比してにわかに措信し難く他に右主張事実を肯認するに足りる証拠はないから控訴人の右主張は採用できない。)。したがって、被控訴人には右事実関係を偽って前記各保険金を受領することを目的とする控訴人の前記要請に応ずべき契約上の義務も、さらにまた、一般社会生活上の義務もなかったものというべきであり、被控訴人の前記行為は違法性があるとはいえないからこれをもって債務不履行ないし不法行為に当るとする控訴人の右主張は理由がない。

(二)次に、控訴人は、被控訴人が一恵丸の減船に関する事業計画変更認可申請手続を故意に遅滞して控訴人から前記各保険契約を承継する機会を奪ったことが控訴人に対する債務不履行ないし不法行為に当る旨主張するが、前掲原審証人三好藤三郎の証言(第三回)中右主張にそう部分は前掲被控訴会社代表者西山寛尋問の結果に対比してにわかに措信し難く、他に右主張事実を認定するに足りる証拠はない。のみならず、仮に控訴人の右主張事実を前提としても、控訴人は、一恵丸につき内航海運業の許可を受けていない以上前記内航海運業法により、一恵丸による内航運送業若しくは内航船舶貸渡業又は内航運送取扱業を営んではならなかったものであり、したがって、控訴人の右禁止違反の運航中発生した前記保険事故に関する損害と控訴人主張の被控訴人の行為との間には相当因果関係がないから、控訴人の右主張は理由がない。

四、よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山正雄 裁判官 下村幸雄 福家寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例